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Bohemian DeDe
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イスラム教徒と暮らして 18




 もう、毎日沢山道端にいるバクシーシ(喜捨)を要求する乞食にも、

寝不足にも、

不機嫌な仕事場の同僚にも飽き飽きした聖なる金曜日に

ラマダンは明けるのであった。


街はバクチクが鳴り響き、女は謡い、男は笑う。

街中が無事今年のラマダンを終えたことを喜び、神に感謝する。


そして家族でいつものように肩を寄せ合ってクスクスを食べる。

* クスクスとは北アフリカの伝統料理で日本で例えるなら
  すき焼きのような役目であろうか。

この時のクスクスの味は

安堵感

一体感

大いなる喜び

そしてやはり今日のこの世における在籍を神に感謝する心

でいっぱいになると告白しないわけにはいかないだろう!






だが、翌日は多くの家族にとってお別れの日だ。

ラマダンの終わりと共に、お父さんやお兄さんは出稼ぎの元へ

息子や娘は留学先へと帰ってゆくことになる。

DeDeも翌日、フランスへ旅立つことになっていた。



空港はお見送りの家族でにぎわっていた。

DeDeは愛しい彼を残して、
何故自分は今フランスへ行かなければならないのか?

彼抜きで、どうやってこれからの人生を生きてゆこうとするのか?

分からなくて一人、混乱していた。

だが、まさにこの時、DeDeの人生は2回目の大きな舵を
きった所であった。

だが、その時はもちろんまだ

知る由もない。


                    Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 23:13 | trackbacks(0) | pookmark |
イスラム教徒と暮らして 17




他人の国に来たのだから、その国のやり方にそう旅人は尊敬される。

そうすることによってのみ観得る事はたくさんある。

ラマダン最中に何度か、他の街へ旅に出ていて、彼の家族と一緒に
過ごせない時があった。



ある夕暮れ、フェズのスークの中にある地元の人相手の
素朴なレストラン。

もうすぐアッラーのお祈りの時間(食べてもいいよ!のサイレン)とあって、
長いテーブルは地元の、事情があって家族とは食事を共に出来ない
男達で埋められていた

DeDeもそこに割り込ませてもらい、黙って座る。

何も注文しなくても、だまってハリラ(断食の終わりの夕刻に飲むスープ)
が出てくるのである。  

ただし、時間がきたら。

ふと隣の男を見ると、ブロンドの巻き毛に緑の目。
フランス人であった。

作法は分かっている様子で、彼も黙ってハリラの出てくるのを待っている。

変な観光客だ。

「ラマダンの時期に観光しているのか?」 と尋ねると、

「こういう時にしか見れないその国の人々の素顔が好きでね」
と答えが返ってきた。

やっぱり変な観光客である。

だが、ラマダンを遵守している我々は周りのおっちゃん達に
好印象であったようで、

「ビスミッラ」 なんて言ってハリラをすすったら、みんな驚いて、
自分達が食べている、はえが沢山たかっているパンやシュッバキア
(ラマダンの時期に食べる蜂蜜の御菓子)を分けてくれた。

DeDeの友人に

A, ペルーのインディオに家に招待されて、山羊の乳を出してもらった。
   これは貧しいインディオの最高のご馳走なので決して断っては
   いけないと思い、死んでも仕方ないと思いながら一気飲みした。

B, ブルキナファソ(アフリカ)の作り酒屋?の家に招待されて、
   口の中で麦を咬んで発酵させたビールを出され、飲まないと
   無礼に当たると思い、死んでも仕方ないと思いながら一気飲みした。

人がいる。

A はひどい下痢に悩まされ1週間寝込み、
B は、肝炎になり1ヶ月入院した。


地元の歓待を受けるのも時には命がけなのである。

                   Bohemian  DeDe

Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 17:50 | trackbacks(0) | pookmark |
イスラム教徒と暮らして 16





 ラマダン中の”お昼ご飯”はすごい。


とにかく、食べて、食べて、食べまくる。

だれしも自分の限界に挑戦する時である!

そして食べた後はもう散歩などしない。

後は寝るだけ。

が、しかし、これで朝を迎えると思ったら大間違い。

”お昼ごはん”を食べ終わった深夜から眠ること5時間あまり。

つまり、朝5時頃にまた起きて、今度は”夜ご飯”を食べる。

これはもう、楽しみのためではなく、日の出からまた始まる断食に
備えるために、まだお天とう様が登ってこないうちに食べれるだけ
食べておくのである。

流石にみなさんまだお腹いっぱい。
しかも眠たい。
みんな不機嫌で、黙って食べ物をとにかく口に運ぶ。

”夜ご飯”が終わると、また寝に戻って9時頃再び起きて
会社に向かうのだ。

ラマダンは病気の人や、女性は生理中、子供は12歳未満は
免除されている。

DeDeの彼は不良モロッコ人だったので、こっそり隠れて
タバコを吸ったり、コーヒーを飲んだりしていた。

こんな不届き者もそれなりにいるようだ。

だが大方のモロッコ人は、よきイスラム教徒であらんと
歯を食いしばって頑張っている。

彼のお父さんは”ハッジ”と呼ばれるメッカに詣でた人にだけ
与えられる尊称を持つだけの敬虔なイスラム教徒なので、
時々、誰にとっても最重要な”朝ごはん”の時にモスクに行って、
サイレンの鳴るときには、スプーンを持つ代わりにお祈りしていた。

1日飲まず、食わずでいて、最初にすることがお祈りなんて
すごい!

だが、子供達は誰も、お父さんについてモスクに行く者はいない。
みんなスプーンを持っている方が幸せそうである。

こうして今日もラマダンの朝は明けて行く。

                       Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 23:48 | trackbacks(0) | pookmark |
イスラム教徒と暮らして 15
 



世界で一番グルメの国は?

と聞かれたら、DeDeは迷うことなくモロッコ!をあげるだろう。

世界60カ国、食いしん坊を武器に歩き回ってきた今、
どこの国のお料理も土地にあった、人智の賜物で素晴らしい!と
心から思う。

それでも、DeDeにとってはモロッコ料理は1000年食べ続けても
飽きることはないだろうと思える唯一無二の存在なのだ。 


多分大方の日本人はみんな好きだと思う。
さっぱり、あっさり、圧力鍋で煮込んだお料理が多く、
とてもヘルシーで、なんたって野菜を沢山食べる国なのだ。

ただ、残念なことに家庭料理が抜群に美味しいのに、レストランで
食べられるお料理は足元にも及ばない。

それとも、もしかしたら彼の一家の家にいたお手伝いさんの腕が
抜群だったのだろうか?

モロッコでは主食はパンであるが、大変良質の小麦がとれるので、
パンは世界一おいしい!

で、みんな家々で小麦粉にオリーブオイルをまぜまぜして自分の家の
パン生地を作る。
それを鉄板に乗せて、ついでにその鉄板を頭に載せて、
パン屋さんまで出かけていって、焼いてもらうのだ。
だから、モロッコでは街のあちこちにパン屋さんがあるが、
お店のビジネスの半分以上は焼いてあげることなのである。

だが、パン屋さんのパンはあまり美味しくなかったりするから、
外国人は気をつけなければならない。
モロッコ人が並んで買っている都会のパン屋(田舎はみんな自分達
で作るから)を鼻を利かして探し当てなければハズレもある。




スークでは鶏を生きたまま売っていて、「これ」と指差すと、
一瞬の断末魔の叫び声の後、あつあつのお鶏ちゃんが手に入る。

羊のお肉は今朝さばいた物がお肉屋の軒下にぶら下げられ、
お客は新鮮かどうかの品定めを厳重にしながら塊を買ってゆく。

冷蔵庫は基本的に使用しない。



新鮮な野菜やくだもの、お肉しか、食卓には乗せないのである。

思い出すだけでもノドがなる。

パリには沢山の美味しいモロッコレストランがあるが、DeDeが滞在中に
食べたどのお料理も、これらより遥かに美味しかった。

で、話は”お昼ご飯”である。

昼間、お手伝いさんのハディジャが一生懸命作ってくれていた
パンを手に手におかずを挟んで手で食べる。
慣れると、もうスプーンなんて金属を口に入れる気がしない。

散歩はしてきたが、そんなにお腹は空いていない。

でもおいしくて、もったいなくて、ついつい食べ過ぎる。

お母さんも「クール、クール」もっと食べろとDeDeを煽る。

しかし、今思うとあの時毎日吐きそうになって食べたのは本当に
幸せであった。

だって、あれから、あのお料理以上に美味しいと思ったものに
出合った事がないのであるから。

                        Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 00:13 | trackbacks(0) | pookmark |
イスラム教徒と暮らして 14



 まずはハリラ(胃に優しいトマト味のスープ 彼らにとってのお味噌汁)
で1日の渇きを癒す。

その後、サラダや、野菜の煮込みなど軽いものをまずは食す。

そしてとりあへずは満たされた7時頃、家族みんなは散歩に出かける。

それはどの家々もみーんな同じ行為をするので夜の街はものすごい
賑わいである。

何故散歩に出るのか?

答え、    お腹を減らすため。

断食→食べる→お腹をすかす→また食べる

なんか変なサイクルであるが、さっきのが朝ごはんだったとすると、
今度 PM11時頃食べるのはお昼ご飯である。

それまでの間、お腹をすかせるために散歩に出かけるのだ。

だが、今度は どの人の目も食べ物でギラギラはしていない。

もう、すっかり上品になって、お菓子屋さんとか、ブティックなんかを覗いている。

「衣食足りて礼節を知る」 とは本当だとつくづく思う。

若い男女は街ゆく人を品定めなんかしている、人もいる。
ちなみにモロッコ人のなんぱは高い言語能力がないと出来ない。

DeDeは一人でフラフラと歩いていたら、

まずはフランス語で話しかけられ←これ、公用語なので順当

知らん顔してたらドイツ語にかわり←ドイツ人のツーリストが多いので

まだ、知らん顔してたらスペイン語にかわり←スペイン人もたくさん訪れる

それでも知らん顔してたらフラマン語になり←わっ すごい!

無視したら英語になって←一体何ヶ国語話せるんだ!???

向こうへ行け!とロシア語で言ったら、ロシア語で話し始めた!

なんという能力、もっと別のことに使えばいいのに!



大道芸人もお出ましだ。

街のCafeも稼ぎ時なので、どこも夜遅くまでオープンして大勢の人で
賑わっている。

DeDeは人生でこんなに一斉に人がいなくなり、また一斉に人がくり
出してくる光景を見たことがない。  本当に楽しいものだ。

しかも、DeDeはこっち側の人なのだ。

あっち側の多くの外国人はラマダンの始まる前日に外国にトンずらする。

実際、前日に空港に行ってみたが、まさに逃げ出そうとする外国人で
いっぱいであった。

何故なら、たとえ外国人といえども、ラマダンの間はお酒を飲むことは
著しく制限されるし、街でたばこを吸ったりも出来ない。
これは陽が沈んだ後の夜でもダメなのである。

普通のCafeは陽が沈むまでは閉めているし、
まさか、断食しているモロッコ人を横目に平気な顔してお水を飲んだりは
出来ないだろう。

実際、断食月が8月とかだと、昼間まったく水分を取れないのはどんなに
つらいだろうか!?

DeDeの時は4月だったので、なんとか過ごす事が出来たのだが。



さて、夜も更けてきた。

散歩も終わってお家に帰ると、お母さんとお手伝いさんが一生懸命
”お昼ご飯”を作っている。
ラマダンの時は、一家が集まる時である。
お父さんも、お母さんも子供達が住んでいるCasablancaに来て
ラマダンを一緒に過ごすのだ。

外国に留学に行っている息子や娘も帰ってくる。

外国に出稼ぎに行っているお父さんやお兄さんも帰ってくる。

こうやって家族が集まって1年の無事を確認し合い、一緒にお腹をへらして、
団結を高め、ラマダンが明ける最終日は大変なお祭りとなるのだ。

”お昼ご飯”が出来上がった。

小さなテーブルで肩を寄せ合って食べるのがモロッコ風。

もう!最高!

                              Bohemian DeDe



Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 16:48 | trackbacks(0) | pookmark |
イスラム教徒と暮らして 13
 人はいつも高邁な理想に向かって生きてゆくものである!



な、わけはない。

イスラム教徒にとって、ラマダンとは子供の頃から繰り返される

お祭りであり、

訓えであり、

ジタバタしても仕方のないものである。



ラマダンの時にイスラム教徒と仕事をしてはならない。

頼みごとをしてもいけない。

約束ごとをするなんてもっての他。

みーんな今晩はなにを食べようかで頭がいっぱいだからである。




普段、モロッコでは8:00~12:00 シエスタをはさんで 2:00~6:00が
working time である。

ラマダンの時は10:00~4:00で仕事が終わり、皆一目散にお家に返る。

今晩陽が沈んだら食べるものを物色するからだ。

家々の主婦達もそれまでは食べ物の匂いを外に出してはいけない為、
4時になると一斉に夕餉の支度を始め、
どこの家からも人生で一番魅惑的な匂いが立ち込める。

スーク(市場)には家で作ったパンやケーキを持ち寄って
ここぞとばかりに小遣い稼ぎをする人たちと、
それを嬉々として買い歩く人たちでごった返している。

みーんなの頭の中は食べることしかないので、
必要以上の食べ物を買い捲ってしまうのである。



レストランも店じたくを始める。

お菓子屋さんのショーウィンドウにも焼き菓子が並べられはじめた。

街の喧騒は一旦、6時10分前くらいに止み
し〜んと静まり返る。

勿論、お家に帰って家族と一緒にその瞬間を待つためだ。

まずは、ハリラというスープから始める。
断食あけにいきなりお肉なんて食べてはいけないのだ。

全員スプーンを片手にもってその瞬間を息を呑んで待っている。

アッラー アクバル (神は偉大なり) のサイレンが鳴り響く。

これが合図だ!!!!!!

家族みんなで、ビスミッラ    いただきま〜す。


                            Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 23:49 | trackbacks(0) | pookmark |
イスラム教徒と暮らして 12
 なんといってもDeDeの一番の自慢は
モロッコ人と一緒にラマダンをやり通したことである。

ラマダンとは断食のこと。

それは月の加減で決まるので、毎年同じ日というわけではない。

1ヶ月の間断食をしてこの世の

  ご飯を食べれない人を思いやり、

  貧しい暮らしの人を思いやり、

  今ある自分の目の前の家族や命ある自分に

感謝するひと月なのである。

こんな高邁な意識に支配されて1年のうち1ヶ月も
暮らすイスラム教徒はすごい!!!



断食の内容とは・・・・

朝、日が昇ってから夜日が沈むまで一切の食べ物、
一切の飲み物を口にしてはならない。歯を磨いてもいけないのである。


アッラーの訓えの通り、このひと月は乞食の数が猛然と多くなる。
多くの人が喜捨をするからだ。

食べられないのはともかく、何も飲めないのはつらい。

だが、ラマダンはイスラム教徒にとってつらい修行の日々ばかりでは
ないのである。
むしろ、お祭りと言った方が正しいであろう。

盆、暮れ、正月みたいなもんである。

アメリカのThanks giving day みたいなもんでもある。

ユダヤ教徒のPass Overか。

ラマダンで過ごした1ヶ月はあまりに面白かったので、
ゆっくり述べることにしたい。

                       Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 22:16 | trackbacks(0) | pookmark |
イスラム教徒と暮らして 11
 



お父さんとお母さんが引っ越した所はもともと二人の
故郷なので、親戚が沢山住んでいた。

ときどき親戚は大群でやってくる。

電話がないからアポイントなんてものはなし。

遠くの方から女の集団がこちらに向かって歩いて来る!
と思ったらそれはお母さん方の親戚一同であった。

ざっとみても20人くらいはいる。

ちなみに、このご両親の買った家の敷地は莫大で、
玄関(といっても門も何もまだないのであるが)辺りに
人が歩いていても、それは豆粒のように小さいのだ。

女の集団はDeDeの存在を聞きつけて、御菓子をふるまってやろうと
小麦粉やらセサミやら何だかよく分からないが、材料を
もちよってお菓子つくりを始めた。



民族衣装のカフタンという長衣の裾をめくりあげ、
天を向いて大声で笑い、
大またを広げて小麦粉を打つ

その力強さ、

そのおおらかさ、

その包み込むようなあたたかさ、

女の美しさの全てがそこにあった!



その姿に圧倒され、涙しながら御菓子を頂いたのだが・・・・
親戚一同は自分達のおしゃべりに夢中で
DeDeの存在に目をくれる者など一人もいなかった。

ジャン ジャン

                            Bohemian DeDe


Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 23:04 | trackbacks(0) | pookmark |
イスラム教徒と暮らして 10
 ある日、お父さんとお母さんは引越しをした。

魅惑のマラケシュからヘミセットというベルベル人の村へ。

そこはお父さんのお母さんの生まれ故郷だ。

もう子供達はみな大きくなり、都会で立派に働いている。
お父さんも退役して、故郷にお家を買ったのだった。

だが、早く自分のうちに住みたかったのだろう。
引越しを急ぎすぎた。

まだ、水道も、キッチンもお風呂もこれから取り付けられるという段階で
引っ越してしまったからたまったものではない。

DeDeはそこに下女になって売られていった。

毎朝好きな時間に起きるきままな下女だったが、仕事の内容が凄い。

まず、井戸から水汲み。  しかもかなり深い井戸。

子牛の乳搾り。

にわとりの卵を拾いに行く。

あひるに餌やり。

お昼ごはんの火の番。

夜、お風呂に入るためのお湯沸し

これをオリーブの木を燃やして外で沸かす。




意外に思うであろうが、モロッコの冬は寒い。
なのに暖房器具はなく、あるのは暖炉だけ。
だからぶくぶくに着込んで以上の仕事をやるのである。
もっとも下女の仕事は室外のものばかりであるが。





モロッコの家は面白い。
どの部屋も全部サロンなのである。
部屋の周りに壁に沿って長いすがぐるりと囲み
客人の数によって小さな囲みや大きな囲みで調整するのである。

それほど客人をもてなすことが人生で大切なことなのだ。

つづく

                       Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 15:43 | trackbacks(0) | pookmark |
イスラム教徒と暮らして 9
 奴隷という身分の人を見たことがある。

Casablancaにある、彼の妹さんの大学の同級生の家でだ。

モロッコで大学を出ているのはむろんエリートである。
その一族はだいたいお金持ちの一家だ。

余談だが日本人というのはみんなおんなじ顔に見える。

これはいい意味でだ。

生まれも、育ちも、教育も人によってそんなに差はないから
人は同じ顔になるのだろう。

モロッコでは全然違う。
ニューヨークもかなり違う。

フィンランド人も皆同じ顔に見えた。

話を元に戻すと、その友人のマジダさんは国連の特別職員で
いつもはフランスにいる。

で、その時はたまたま帰国していたので、彼の妹達と表敬訪問を
しに行った。

場所はCasablancaのスークのすぐそば。

なんだか汚くて狭い路地をドンドンゆくと古めかしい鉄のドアがあった。

そこをノックする妹アミナ。

予想通りの”ギギー”という不気味な音を立てて出てきたのは
真っ黒の、歯がほとんどなさそうなおばあさん。

それが”奴隷”のアマであった。

彼の妹達はアマとは旧知の仲らしくKissをかわしている。

アミナが「彼女はこの家の奴隷なんだ」と言う。

DeDeは言葉を聴き違ったと思って「え?奴隷?」と言ったら
そうだ、との答え。

奴隷って、奴隷?????

そんなものがこの20世紀の終わりに(当時はまだ20世紀だった)
存在するのか?

聞く所によるとモロッコ最後の奴隷だそうである。

まだ4歳の時にこの家に売られてきて、それから80年ずっと
奴隷として働いてきたそうだ。

もちろん奴隷制度はもうとっくに廃止されている。
だから、公的には自由人のはずだ。

だが、いまさら(ってどこが今更の基点かはよく分からないが)
自由人だと言われても、教育も、生きるための教養もない
人がどうやって生きていけばいいのであろうか?

マジダさんは残念ながら不在であったが、彼女のお母さんと
中庭でお茶をした。





例の”ギギー”と開いたドアの向こうはパラダイスであった。

イスラム式の中庭には噴水が涼しげに音をたて、
オアシスのごとく木々が木陰をつくり、そこでのんびり
ミントティーを飲んでいるマジダさんのご家族。

そこにお茶を運んでくるアマ。

お手伝いさんというよりは、やはりこの家の奴隷なんだろう。

そういう80年のシミみたいなものがアマにはこびりついていた。

一体ここはどこなんだろう?

パラダイスか?   ヘルか?

                       Bohemian  DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 モロッコ編 | 23:29 | trackbacks(0) | pookmark |
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