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Bohemian DeDe
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淋しい移民達 ポーランド人 2
 Monicaは前述の通りトロントに来るまでは
ワルシャワの高級ホテルでホテルウーマンをしていた。
注(ポーランドにも高級ホテルは存在する。ただし外国人と政府
  要人のためだけであるが)



フランス語、ロシア語も堪能な”経験者”であるのに、
トロントの名だたるホテルに履歴書を送ったが全滅らしい。

親も同居していて、しかもDrなのに、不可思議である。

それで仕方なくホテルの中にはいっているレストランで働き始めた。

ご両親は「もっとゆっくりしていればいい」と言ってくれたそうで
あるが、彼女にしてみればいい大人が、親の元で働きもしないで
グウタラしているのは恥ずかしい行為だ!と思っているようである。

なんとも、DeDeはいつまでもグウタラしていた一人だから、
全くこういう人の爪のアカでも煎じて飲まなければいけないのだ。


Monicaのような人の場合は、政治的亡命者とはいへず、
(何故ならポーランド政府から命を狙われているわけではないから)
ポーランドに残ることも人生の選択肢としてあったわけである。

しかもいい仕事をしていた。

かっての東欧でいい仕事とは外貨を手にすることが出来る
ポジションにいるということだ。

まあ、政治体制は気に入らないが、日々愉しんで生きていくことだけ
に焦点を合わせれば、そっちの方がはるかに楽だったはずである。

それでも彼女はトロントへの移民を選んだ。

正直DeDeにはよく理解できない。


ある日、”ポーランドの夕べ”のパーティーがあるから行かないかと
誘われて、80歳になるMonicaのおじいちゃんと三人でデートしたこと
がある。

DeDeはその2年前にポーランドに旅して、すっかり気に入っていたので
おじいちゃんにその話を夢中になってしたら、
「あんな悪魔の住む国には一生二度と戻らない!」と
とても厳しい口調でピシャリと会話をさえぎられてしまった。

だが、会場に着くとおじいちゃんはポーランドの民謡を他のポーランド人
と肩を組みながら歌い、 振舞われたポーランドのひき肉料理を
美味しそうに食べ、DeDeの胸にバッジをつけてくれた。

そのバッジには Let Poland to be Poland と書かれてあった。

一生戻ることはないだろうと誓って国を出て行った彼ら。

だが、遠い異国の地で故郷を想わない日は1日もないだろう。

その日はMonicaの誕生日だった。

ポーランドにいるお母さんから電話があったそうであるが、
「お誕生日おめでとう!」と言ったっきり電話の向こうで
泣き崩れてしまったそうである。

「人生最悪の誕生日になってしまった」とまるで人ごとのように冷徹に
話すMonica

心の中ではどんな張り裂けそうな自分を押し殺しているか、
あまりにも痛々しい。



国を棄てなければならなかった人たち。

財産を守るため

命を守るため

信念を守るため

彼らの未来にあたらしい幸せが星のごとく降り注ぎますようにと
願わずにはいられない。


                         Bohemian DeDe



Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 16:48 | trackbacks(0) | pookmark |
淋しい移民達 ポーランド人
 忘れてはならないのは東欧からの移民達

東西冷戦の真っ只中、彼らも苦労して新大陸にたどり着く。

東欧からの移民は金持ち香港人や金持ち南ア人と違って
親戚がCanadaにいるという理由がないと、なかなか来れるものでは
なかった。






Monicaはポーランドのワルシャワで大きなホテルに勤務していた、
25歳の語学堪能、社交性に富んで、未来ある魅力的な女性であった。

だが、お母さんの再婚をきっかけに彼女はポーランドを捨て、
トロントに移住することを決める。

Monicaのお父さんは、お母さんとはだいぶ前に離婚して
トロントでカナダ人と新しい生活を築いていた。

そんなMonicaとはトロント大学のビジネスクラスで知り合った。

よく笑う、大柄な人懐っこい彼女とすぐに友達になった。

Monicaの場合は移民といっても、家族、つまりお父さんはもう既に
トロントの住人である。  しかも尊敬されるドクターだった。

義理のお母さんもドクター。

招待されてMonicaの家に遊びに行って驚いた。

それは、それは立派なお家に、家政婦さんも二人いて、
父方のおじいちゃんと、母親の違う妹と一家5人、
とても幸せそうに暮らしている。
何不自由なさそうな新しい暮らし。

だが、Monicaの不安は自分の将来のことであった。


               Bohemian DeDe


Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 23:46 | trackbacks(0) | pookmark |
淋しい移民達 香港人 
 今回のお話の中で一番さみしくはないだろうと思われるのが
香港からの移民達である。


一時は中国政府に財産を没収されることを恐れてCanadaに移民
してきた人たちも、今は政府の政策に安心したか、資本をまた中国に
移転しているらしい。



だが、当時はまだ中国政府の態度が読めなかったため、移民局に
行くと毎日大勢の香港からの中国人が申請を待っていた。

トロントにそれは大きなChina town がある。

日曜日には普通のレストランは休みとなるのでChina townの
中華料理目当てに地元の人、観光客、でごったがえしになる。

大きな成功しているコミュニティがあるので、香港からやってきても
彼らの居場所はもう既にあるわけだ。

おまけに香港から移民してくる彼らはお金持ちである。

基本的には淋しい状態ではないはずだ。

だが、人種差別がある。

America も Canadaも同じであるが、人種的ヒエラルキーは
きっちりとあって、「新大陸」なんて言葉にだまされてこれらの国をみると
ひどくがっかりする。

いわく、頂点は言わずと知れたアングロサクソン。

それにフランス系、ドイツ系、イタリア系、東欧系、と白人種が続く。

それからあとはもう一緒みたいに、東洋人、プエルトリコ系とか黒人が続く。

欧米にては東洋人なんて人間以下としかみなされない。

そこで、お金のある東洋人はどうするかというと(お金がなくてもだが)
持ち前の勤勉さを発揮して、一生懸命勉強する、働く。


当時、トロント大学に在学中だったミッシェルと知り合ったおかげで
China town のいろんなレストランでただでご馳走になったものだ!



彼の親族は香港でも指折りの資産階級だったそうで、両親がどうしても
香港を離れたがらなかった故に、一族の中でも
遅い移民の一人であったらしい。

有名どころではアグネス・チャンの一家(親の世代)もだいぶ前から
トロントに移民していた。

新しい黄禍論の台等である。

当時、トロント大学には多くの中国人が学んでいたが
皆優秀で、特に工学部系の秀才は多くが中国人で
おおきな社会的脅威になっていた。

ミッシェルもその中の一人である。
将来を嘱望される優秀なエンジニアであったが
つい5年前にトロントにやってきた香港からの移民であった。

Canadaの名誉のために言っておくが、この国は政府の
政策としては舌をかんでも完全平等を推進してきたし、
そう、努力をしきた国である。

だが、人種的差別というのは人の心の奥底に
澱のように染み付いているものだから、政府の政策によって
必ずしもどうこうなるものではない。

目にみえるところで差別は日々行われていた。

もちろん、違法行為であるが。

差別している方はそんな意識は低いであろうが、
ミッシェル達の”なにクソ負けてたまるか”精神は
確実にこの国の彼らの地位を今後もあげ続けて行くだろう。

China townに行くと本当にここがCanadaだとは
とても信じられない。

全部漢字の標識に中国語の怒鳴り声が飛び交っている。
気取ったお体裁のない、特別な空間。

まだ中国語しか話せない新しい移民達の中で
ミッシェルのような人材が確実にCanadaを第二の
祖国として根付いていくさまを頼もしくみるのであった。


                Bohemian DeDe

Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 11:36 | trackbacks(0) | pookmark |
淋しい移民達 イラク人 
 イラクからの政治的亡命者も心の葛藤を
 ひどく抱える一人である。


 フッセンという明るくて、ひょうきんな若者がDeDeの大の
お気に入りであった。

彼からイラク人の暮らしぶりをおおいに学んだものである。

お誕生日というのはイスラムの社会では大切な記念日
ではない(若い世代はそんなことはないようだが) とか、

イラクは正教分離で多くの女性が社会で活躍していて
社会的地位も高い とか、

イラクで”家族”と呼ぶ時は、一族郎党、血のつながりが
どこかでありそうな人は全員家族であるとか、

ややもするとフセイン独裁政権の顔ばかりがクローズアップ
されるイラクだが、国内の様子を聞いている限り、
皆幸せに暮らしているとしか思えない話であった。



でも、忘れてはいけない。

フッセンもその政権にたてついて、国を命からがら逃げてきた
一人である。

フッセンの話は、どこからが本当でどこからが妄想なのか?
それとも全部本当なのか?DeDeは時々分からなくなることが
あった。

彼は明るく、冗談をよく言って周りの人を笑わせてばかり
いたが、どこか人を寄せ付けない、強烈な悲しみをいつも
携えている人であった。

彼は同じ反政府運動の同士3人と亡命したそうであるが
そのうち二人はもう死んでいる。


表向きは自動車事故になっているが、実は「イラクから
送り込まれた暗殺者に殺された」とフッセンは主張していた。

今の平和な状況の中でしか生きてきたことのない我々には
全く理解できない話であるし、まるで 007?の中の
出来事のような感覚でしか聞くことができない。

そのようにしか捉えられない、平和ボケのバカなDeDeの反応に
多分こころの中ではイライラしていたに違いないのだが、
フッセンはそんなそぶりは少しも見せないで、

「明日はオレが急にいなくなっても、そういうことだから
驚かないでね!」
とウィンクしてみせる。

彼は外を歩いている時も、一緒にカフェにいる時も
いつもまわりに神経を張っている様子で、何かに怯えている
ようであった。

かなり仲良くなっても、プライベート 例えば、電話番号とか
住所とかは一切”非公開”であった。

ある時、仕方のない事情で、彼に外から電話をかけなければ
ならないことになった。

しぶしぶフッセンは電話番号を教えてくれたのであるが、
なんと、電話をかけたら”暗号”を言わされたのである。

共同で暮らしているらしかったが、 暗号 と私は誰であるか、
何の用で電話をかけてきたのか、 しつこく聞かれ、
本当に007かナチスに潜入したスパイの気分に
させられたものである。

彼は祖国の家族は皆行方知れずとなり、生きているのかさへも
わからないと言う。

天涯孤独となった彼の新天地での暮らしぶりも、
しかし、安寧と言えるものからは著しく遠かった。

フッセンもたいそうなインテリで彼の話はいつも難しく
DeDeにはついて行けない事もしばしばであった。

だが、彼のCanada での仕事はハンバーガーショップの店員さん。

こんな逸材が新大陸にはいまもゴロゴロいるんだろうか?

そのうちフッセンともあまり会うこともなくなり、
ある日、久しぶりに電話をしてみたら、
また”暗号”を聞かれて、以前なんていったか忘れてしまって、
口ごもっていたら、一方的に切られてしまった。

それから もう、彼と会うことはなかった。

フセイン政権が崩壊して、彼は祖国に帰ることが出来たのだろうか!

今でも彼の淋しい笑顔が、懐かしく思い出される。


                            Bohemian DeDe




 

Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 18:00 | trackbacks(0) | pookmark |
淋しい移民達 イラン人 3
 
イスラムの社会では異性の友人をもつことは
なかなか大変である。


Ali  にとって女性であるDeDeの部屋をいきなり訪ねてくる行為
は極めてCanada的であるはずだ。

かなり勇気の入る行動であったろうに、
申し訳ないことに、その時ちょうどBoy frienが遊びに来ていて
せっかく訪ねてくれたのに、「またね!」と言って
追い返すはめになってしまった・・・・。


それからしばらくAli と会うチャンスもなく、正直彼のことも
忘れかけていた。

半年位たったある日曜日にいつもの図書館に行くと
そこにAliが幾人かのイラン人の友人達といるのを発見した。


全員、白いシャツに黒のズボン姿。

その小さな集団がかもしだすオーラから彼のCanadaでの暮らしが
大きく変わったことを理解した。

もう、AliはDeDeの顔をみても軽く挨拶はするが、親しげに
近寄ってきて話したりはしなくなった。

詳しいことは分からない。
だが、彼はイランの社会に戻っていったのだ。

Canadaで暮らしている、帰国不可能な移民達は本当に複雑である。

彼らは新天地で新しい人生を始めたい。
そうすることが唯一、彼らが精神分裂に陥らない為の希望だろう。

だが、家族愛の強い文化から来た彼らにはCanadaの土は
あまりにも冷たい。

新しい人生を始めるも途中で頓挫し、かっての文化の中に
戻ってゆく人たちを沢山見てきた。

その戻り方は歪み、あまりにも排他的に変化してゆくのである。

Aliは大学院にはいり直すことも止めたらしい。

「西洋文化に汚染されたくないからだ」とも言った。

それは彼の本心ではないはずなのだが。


あれから彼はどうしただろうか!?



Iranのニュースが流れるたびに彼のことを思い出す。


                  Bohemian  DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 13:22 | trackbacks(0) | pookmark |
淋しい移民達 イラン人 2
 かくしてAliはCanadaにやって来た!


 Aliのお父さんは国民的に有名な大学の教授だったそうである。

 それで、投獄されはしたが彼には個室が与えられ、おまけに
 クーラーまで与えられた。

 これが、彼の運命を決定づけた。

 そのクーラーのために開けられた穴から逃げ出すことが出来たのである。



 それは大変な逃避行だったらしい。

 「色々な人に助けられてCanadaにたどり着くことが出来た」 としか
 Ali は語らない。

 イランからの政治的亡命者の幾人かと友達になったが、
 皆、家族とはなれて独りぼっちで、遠く、本当に
 何もかもが遠い異文化の国 Canadaで淋しく暮らしている。

 あまり過去のことは話したがらない人が多い。



 そんなある日、Ali がDeDeの下宿を訪ねてきた。

 玄関のチャイムの音に、戸をあけるとそこにはAli が赤いベレー帽を
 かぶってにこやかに立っていた。

 それは、感動的な姿であった。

 彼なりに精一杯おしゃれをして、今までの自分とは決別をはかり
 Toront  の大学院に入りなおして新しい人生を始めようとして
 いたのだ。

 その象徴が”真っ赤なベレー帽”だった。

 イランの男はけっしてそんな格好をしたりはしない。


 彼のにこやかな顔がかえって痛々しかった。


                 Bohemian DeDe

Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 14:21 | trackbacks(0) | pookmark |
淋しい移民達 イラン人 1
 Ali の正体

DeDeは何故かアラブ人によくもてる。

基本的には”そばに寄るんじゃないよ”オーラを出しまくる人なので、
人との付き合は苦手である。

だが、そんなDeDeでもトロントに住んでいた間、また、
世界各国どこにいても、何故かアラブ人だけは寄ってくる。

正しく言うと、アラブ人ではなく、イスラム教徒ということになる
のだろうか。

図書館で本を読んでいたら声をかけてきたAliに
「アラビア語の文字って全くわけが分からない」と言ったら、
鼻で笑われてしまった。

そう、彼は誇り高きペルシア人で、ペルシア語の本を読んでいたのだ!




つまり、Aliはイラン人。

”革命後”の国を追われたインテリである。


イランでのイスラム革命は、宗教革命の名の下に行われ、
「狂信的なイラン人」的なレッテルが大手を振って歩いているが、
あれはたまたま信仰心が厚かった国民が一つに結束する
支柱としての鎖の役割であっただけで、大方の欧米アジア各国
の抱いているイメージとは違う、というのがDeDeの考えである。

ホメイニ氏が来た後も民主的な活動がイランでは絶え間なく
行われていたそうだ。

だが、宗教の力で全ての秩序を創り上げようという無理に
警告を発するインテリ達がだんだん弾圧され始めた。

いつ、どんな時も、どんな国も、どんな人々の間でも、
振り子の反動を極力小さくしようとする、まっとうな人の力は弱い。


Ali はお父さんが大学の教授で、一族は皆教職関係に
従事しているというインテリ一家である。

彼は大学生で反政府運動に関わり、ついには投獄され、脱獄してきた
つわものである。

地獄の沙汰も金次第。 

いや、有名人次第というのがこの場合だろうか。

やはり生き延びる人というのは、
最初から選ばれているのかもしれない。


                        Bohemian  DeDe

Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 16:03 | trackbacks(0) | pookmark |
淋しい移民たち  南ア人 2




ミリーとはトロントの移民局でVISA申請の順番を待っている時に
声をかけられて知り合った。

ミリーの一族は1700年代のオランダからの南ア移民で
いわゆる生粋のアフリカーナである。

代々大農場を営んできた、”白人入植者” だ。




こんなことを言ってはミリーには失礼だが、昔、その土地に住んでいた
ズールー族などを蹴散らして自分達の大農場を築き上げてきた
オランダ人の末裔が、200年後には追われる運命になった事実を
ご先祖様たちはどんな思いでみているのだろうか!


当時まだ南アは白人政権だった。

だが、国際世論は南アに対して厳しいもので、南アの黒人サイドは
この流れに乗って政権を一挙に取り戻そうと、世界的にアピール
していた頃であった。

南アのキリスト教の一番偉い黒人神父、ツツ司教がトロントを
訪れて、トロント大学の学生に大歓迎されていたりしていたから
カナダと南アのつながりは同じイギリス連邦うんぬんから考えると
親しいものがあるのかもしれない。


3人の娘をもって離婚した、というまだ30才になったばかりのミリーは
ほぼ同年代だったDeDeよりおそろしくしっかりしていて、
困難な自分達の未来を自分達で変えてゆく「意思の人」に見えた。

だが、彼女は生粋のアフリカーナ。

生まれた環境も、DNAも、友人もご両親も思い出も、全部アフリカ。

そうだ。

彼女はアフリカ人なのである。

褐色に日焼けした健康そうな彼女の顔が全てを語っていた。

ミリーの移住の決意には一族皆、大反対だったそうである。
そして結局、ミリーと3人の子供以外の家族は
そのまま南アに残ることに決めたそうである。


彼女は裕福な大農場のオーナーであるらしいが、
こんな北国の寒いカナダに移住して
どうやって生きてゆくのだろうか・・・

だが、悩んだとて、とりうる道はそう、多くはないだろう。

大声で笑ったり、不安そうな顔をしたり、
時には涙ぐむ、忙しい心の動きに彼女の体がどう対処していいか
分からなくなっていることを証明するように、手はいつも
小刻みに震えていた。

いつの時代にも様々な想いをもって人々がやってくる新大陸

その横顔は移民の数だけある。


                      Bohemian  DeDe


Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 13:09 | trackbacks(0) | pookmark |
淋しい移民たち 南ア人 1
南アフリカは 当時はまだ黒人政権ではなかった。

だが、お隣のローデシアがジンバブエという黒人政権になり
多くの白人農場主はムガベ首相の「白人も黒人も手を携えて」の
政策もなんのその。

どんどんイギリス、アメリカ、カナダに逃げ出したのと同じように
形勢はあまり有利ではないとみたか、
カナダに移住を申請してくるお金持ちの南ア人はあとを絶たなかった。

さて、移民するのに歓迎される人とはどんな人であろうか?

当たり前だが、

1、お金を持っている人

2、頭脳を持っている人

3、技能を持っている人

このどれかである。

例えばカナダでは当時30万カナダドルをカナダに投資すれば
どんな状況であれ、歓迎された。
投資というのは貯金を持って来て、に置き換えてもOKである。

それ位の蓄えは南アの農場主には問題ない金額であったから
たくさんの南ア白人が移民を申請してきていたのだ。


ミリーもそんな一人であった。


                                      Bohemian DeDe





Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 18:10 | trackbacks(0) | pookmark |
移民の姿さまざま
Canadaのバンクーバーでオリンピックが始まった。

カナダ人というのは〇〇系カナダ人という意識がアメリカより強い国
である。

まだまだイギリス系が正統となされるような(トロント周辺での話し)
古くさくて変なプライド意識を持っている不思議な人達だったりする。

そのくせアメリカには妙に追随意識も強かったりして。

だが、1980年代のトロントはまだ新しい血がドンドン流入して
きていて十分にexcitting な街であった。





 トロントに滞在中には本当にたくさんの移民の人達と友達になった。


カナダではこの頃にもまだまだ合法的移民は増えていたから
そのサンプリングに出くわすのも珍しい話ではなかった。

例えば!

1、 マンデラ政権になるのを嫌って、もしくは追い出される恐怖を感じて移民を
   申請してくる南アフリカの裕福な白人

2、 中国に返還されて財産を没収されるのを避けるために移民を申請してくる
   香港人

3、 体制批判をして投獄されていたか、されそうだった政治的亡命者の
     イラン人

4、 人数はイラン人ほどではないが、上記の理由のイラク人

5、 やや時代遅れだがベトナム、カンボジアのボートピープル
      (彼らは華僑である)

これらが当時の5大移民であった。





移民をするというのは一体どんな心象風景なのだろうか?????

DeDeのように勝手に祖国を捨ててフラフラしている輩とは違って、
彼らは出来ることなら祖国を離れたくなかった人たちばかりである。

その精神の基盤を他所の国に移すというのは並大抵の決心では
ないであろうに。

それぞれの代表者の身の上話を書きとめておこうと思う。


                                 Bohemian DeDe


Bohemian DeDe
| 世界心の旅 トロント編 | 16:11 | trackbacks(0) | pookmark |
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