CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
SPONSORED LINKS
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

Bohemian DeDe
| - | | - | pookmark |
グエンの里帰り 10
 サイゴンから車で2時間ほどでメコン川流域に出た。



グエンはおばさん一家の運転する車に乗っている間中
ずっとおばさん達と手を握り合って20年間の空白を埋めようと
しているかのようである。


おじさんの経営するレストランに到着した。

経営していると言ったから、個人資産は認められているのだろう。
観光客を相手にこぎれいな、立派なレストランである。

グエンを囲んで大宴会の始まりだ。

ここで獲れたものだ!と言ってえびや魚をご馳走してくれたが
意外にもとても美味しかった。

だって、この汚い色の川で獲れた・・・と言われても、ちょっと腰が
引けてしまったのである。

このファミリーを見ていると、正に20世紀の生き証人である。

このおじさんが病気だったために、おばさん一家はサイゴンから
逃れられず、解放政府にいろいろな目に合わされたそうであるが
それでも生き延び、こうして一家揃って卓を囲む幸せを享受している。

かたやグエンのお母さんは逃避行の途中で亡くなり、お父さんの行方は
分からず、でもグエンはカナダ人と結婚してカナダで幸せに暮らしている。

実はこのおばさん一家を見つけ出したのはグエンのご主人であったのだ。

グエンがベトナムに帰郷する決心がつくまでは黙っていたそうである。
サイゴン脱出の時に人には言えない、色々な葛藤がこの一族には
あったらしい。

それで本当に突然、DeDeにもずっと内緒で、おばさんを
グエンのホテルに遣したのもご主人の計らいだったことが後で
分かった。

多くは聞くまい。

誰にでも運命を左右するような崖の上に立った時に神から与えられた
試練は人に話せるようなものではなかろう。

グエンと一緒に船に乗った。

そこから小さな船に乗り換えてジャングルの中を小船で遊ぶ






陽気にはしゃいでグエンは本当に幸せそうであった。




ヴェトナムは今後ますます発展を遂げて、必ずや豊かな国に
なってゆくことだろう。

ここの人々を見ていると、勤勉と真面目と誠実さにしたたかさも加わり
そして最後に一番肝心な、かっての高度経済成長期の日本が
そうであった、確信 を感じるのである。

確信とは、必ずや豊かに、幸せになってやる!という国民の確信である。

それは気味のいいほど、出会った全てのヴェトナム人から感じられ
無垢なグエンの笑顔にも重なり
彼らの明るい未来を共に祝福したい気持ちでいっぱいになった。





サイゴンのエネルギッシュな一日は今日も更けてゆく。


                       Bohemian DeDe


Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 23:03 | trackbacks(0) | pookmark |
グエンの里帰り 9
 翌日はグエンのおじさんが経営しているメコン川流域の
レストランへ行くことになっているから朝早く出発しましょう!
とグエンが言った。

何?

おじさんって誰?

どうして急にそんなことになったの?





グエンは元から美しい人であった。

だが彼女の楚々とした笑顔はいつも大きな悲しみを含んでいた。

それが、今 DeDeの目の前にいる女性は今までの彼女とは
完全に別人である。

あまり美しい表現ではないが、フタがとれるというのは、こういう
ことを言うのであろうか!

グエンの自然にこぼれる笑みに優しさと穏やかさがあふれ出ている

本当に美しい女性である。


朝、グエンのお母さんの妹がその娘達と一緒に我々を迎えに来た。

昨夜グエンを訪ねてきて、ホテルから一緒に出て行ったのはこの
おばさんであった。

DeDeが学生の頃、ベトナム戦争反対でデモに参加していた当時
ボートピープルは共産政権が嫌で国を出てきた、ベトナムのお金持ち階級の
一種の我儘な脱出なんだと世間では言われている向きもあった。

だが、グエンの話を聞くにつれ、そんな生易しいものではなかったことが
どんどん明らかにされてくる。

グエンのお母さんは逃避行の途中で亡くなった。
お父さんは解放軍に連れて行かれてどうなったかは分からない。

グエンのおばさんは当時ご主人が病気で動けなかったために
脱出を断念した。

グエンは脱出途中、タイ警察を名乗る海賊らに何回もレイプされながら
それでも生き延び、カナダ人となった。

おばさんがいたんだったら、何でもっと早くにサイゴンに来なかったのか?

DeDeには理解できないことばかりであった。


                                    Bohemian   DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 00:09 | trackbacks(0) | pookmark |
グエンの里帰り 8
 



おしゃれなサイゴンの街にすっかり楽しませてもらってホテルに帰ると
グエンがいない。

DeDeは青ざめた。

まさかベトナム政府に拉致されたのだろうか

いや、もう国籍はカナダ国民だから彼女がヴェトナム人だと
入管で分かるはずはない

グエンは美人だからマフィアにでも付狙われたのだろうか

いや、ヴェトナムマフィアは国外にいて、国内では活躍していないわ

随分とショックを受けていたような感じだったのだが、
一体どこへ行ったのだろう 

思い余ってホテルの人に知らないか聞いてみた。

なんと・・・・女性と出て行ったというではないか

女性って誰だろう? グエンのことは誰も知らないはずだし、
やっぱり誘拐されたのだろうか?

カナダで待っているご主人に連絡を入れようか?
イヤ余計な心配をかけるだけだから、現実把握してからではないとダメ。
イヤ、でも手遅れになったらどうしよう

頭の中はぐるぐる回って放心したようにベッドの脇に立っていた。

すると電話のcallが。

あせって電話機に飛びつくと優しいグエンの声が電話の向こうから
聞こえてきた。 「黙って出てきちゃってごめんね」

DeDeは嬉しいのと、安心したのとでもうほとんど泣きそうであった。

その夜グエンがホテルに戻ってきたのは夜の11時を少し回った頃。
そしてグエンはDeDeに初めて、
ヴェトナムをボートで脱出しようと決まった時から、
彼女の身に何が起こったのか話してくれた。

                           Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 17:09 | trackbacks(0) | pookmark |
グエンの里帰り 7


何だと思って見ると、DeDeの足首をつかんでいる手。

その手の持ち主は両足がなく、片手もなく、
板切れの四つの隅に車がついた”車板”に腹ばいになっている
若い男性の物乞いであった。

それが、超一流のブティックの入り口のまん前に陣取って
DeDeのような店を覗いている客にアピールしてお金をくれるよう
手を突き出している。

あまりの光景にしばらく立ちすくんでしまった。

世界中で物乞いの姿はいくらでも見てきた。

だが、この男性の姿はヴェトナム枯葉剤の使用を思い起こさせ、

ドイモイ政策のもと、躍進を遂げているベトナム経済の影で
社会保障など全くない彼らの立場を思い起こさせ、

自分の姿をさらすことしか稼ぐ手段のないこの人に
どうしようもない憤りと、強さと、悲しさを感じた。



それにしてもこの高級ブティックの人たちはこの若い男性を
追い払う風でもなく、DeDeがギョッとしているのも承知で
知らん顔をしている。

そうやってお互い経済を補い合っているのならいいのだが・・・・

複雑な面持ちでいくらかを手渡してあげた。

と、後ろから、一緒に稼いでいる仲間なのか、まさか巻き上げる
元締めなのか(その可能性が高そうだが)が現れて
お金を持って消えていった。

地元のヴェトナム人は?というと別段、何ということもなく
彼を除けたりして歩いている。
一瞥だに与えない。

この高級ブティックに入ると、外の世界で起こっていることは
なぁ〜んにも関係ないのよ!という感じで
綺麗な女性スタッフがオーダードレスの説明をしてくれた。

デザイン画を見ると今日のお昼ごろに頼んだオーダーのお店とは
明らかにグレードが違うのが分かる。

このお店のオーナーはフランス人で彼女がデザインしたという
素敵なドレスのデッサンが並んでいる。

その中から、肩がなく、細身のロングドレスでコシのあるオーガンジーの
生地が腰から後ろだけ丈より長く引きずるぎりぎりくらいの長さで
美しいドレープを描いているドレスを注文した。

胸には小さなビーズが100個以上はあしらわれている、
信じられないような手作業のドレスだ。

これでも1万5千円位。

信じられない安さである。

ヴェトナムは長らくフランスの植民地であった。

その勤勉さ、器用さ故に他の植民地は手放してもヴェトナムだけは
第二次世界大戦後も手放したくなかったという。

フランス人が教え込んで手編みレースの製造も盛んだったらしい。

ヴェトナムには本当に美しいものが素晴らしいクゥオリティーで
たくさんある。

これから若いデザイナーが育ってゆけば、ヴェトナム発で素晴らしい
カルチャーもたくさん発信されてゆくことだろう。



ただし、国家がそれを許してゆけばだが。

だが、もう後戻りは出来ないだろうな〜

そんなことを感じさせる、サイゴンの熱気と人々の欲と
街に流れる空気であった。



さて、グエンの様子はどうだろう ?

                                                 Bohemian DeDe




Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 18:22 | trackbacks(0) | pookmark |
グエンの里帰り 6
 せっかくサイゴンに来たのだからDeDeもドレスを新調することにした。

サイゴンの目抜きストリートにはシルクの生地を買うと、
その場ですぐ採寸してオーダーメイドのドレスを作ってくれる
お店がひしめいていた。



それらのお店の切り盛りは全て女性である。

客引きも熱心に、つかんだお客は決して離さない。

ああ、いい熱気である。

クレムリン盛りし頃のモスクワや東ヨーロッパにも滞在したが、
やはりヴェトナムはもう共産主義の国ではないと感じる。

実際の庶民の取り分やら、税金のシステムってどうなっているのか
分からないが、統制経済ならこんなにものが豊富に出回っているわけ
がないし、こんなに一生懸命人々が働くわけもない。

熱心なおねえさんの客引きに捕まって、言われるままに
お店に入ってみる。

いくつかのドレスのデザイン画を見せられて、ここから選べと言う。

シンプルだが着こなしでいか様にもなりそうなドレスを3着
頼むことにした。

今度は生地を選べと言われる。

もちろんシルクだが、光沢の中にもしっかりした素材で、
普段着のシルクとして着るにはよさそうだ。

真っ赤と真っ青と黒を選んだ。

すると、お昼ご飯の最中だったのだろう、まだ口の中をクチャクチャさせた
女性が奥から現れて、あっという間にDeDeの体を採寸し終えてしまった。

明日のお昼に取りに来い、と言う。

えっ??? 1日で作るの????

ビックリして聞くと、もう裁断に入っているではないか。

ああ、好きだな〜  この働き方。
顧客satisfactionとは程遠いが、儲けてやろう、というシンプルなエゴ
がむき出しで、ひと言も言わず、DeDeを振り返ろうともせずに
黙々と裁断をしている。

値段はなんと1着3800円位だ。

DeDeが店を出る時になると、
「明日来た時には必ず素敵なドレスが手にいれられるから」と
ウィンクして見せた。




もう1軒、日本で言えば、銀座4丁目にあたりそうなエリアで
素敵なドレスがショーウィンドウを飾っていたお店があった。

その洗練されたデザインと店構えは他のお店を圧倒している。

恐る恐るお店を覗いていると、DeDeの足首をつかむ手の感触を
おぼえてギョッとした    

                          Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 21:38 | trackbacks(0) | pookmark |
グエンの里帰り 5
 1週間の予定で来たヴェトナム

フエの後はハノイに行こうか!とグエンを促すと、
ビックリする答えが返ってきた。

「サイゴンに行くわ!」

あれほど行くのを嫌がっていたのに、何かしら大きな決意が
グエンの中で形になったのであろうか?

また鉄道を使って遂にサイゴン(ホーティミン)に入った。



サイゴン
(グエンにrespect して以後ホーティミンをこう呼ぶことにする)

サイゴンは噂どおり、もの凄い都市に成長していた。
といっても、”解放”直後のTVで何回も写しだされたサイゴンと
比べて言っているだけの話であるが。

サイゴン陥落から23年の月日が流れた。



20歳でサイゴンを逃れてきたグエンも43歳のおばさんである。

ドイモイ政策がうまくいっているのであろう、たくさんの華僑資本を
呼び戻すことに成功しつつあったサイゴン・ベトナムは大きな
ビルが立ち並び、外国人相手のこぎれいなレストランや、ギフトショップ、
オーダーメイドのブティックが並んでいる。

グエンにとっては浦島であろう、落ち着いた近代的ビルの真新しい
高級ホテルで寝込んでしまった。

一見平和そうで、スカーフで口を覆って、信号機が変わるといっせいに
オートバイをぶっ飛ばす若い人々を見ていると、ベトナム戦争とは
なんだったのか?と思わずにはいられない。

日本でもベトナム戦争の頃は荒れていた。
ベ平連を中心に多くの識者や若者がベトナム戦争反対を叫び、
核廃絶を叫び、街を行進していた。

DeDeもそんな学生の一人であった。

あの頃と今では考え方も、情報の取り方も、全く違う。

この頃サイゴンは”ベトナム雑貨”と言う言葉が流行りだした頃で、
街にはベトナム産シルクで作られた可愛いバックやスカーフ、ポーチなど
おしゃれ雑貨が大流行していて日本からも若い女性が大勢やって来ては
商品を物色している。

その姿は華麗で、彼女達が街でほおばるアイスクリームやサンドイッチが
不思議に洗練されたイメージをかもし出していた。



いまやロシアは資本主義国となり、ベトナムも中国も政府が
共産主義国家を標榜しているだけで、実質経済は資本主義国と
ほとんど変わらない。

そして出て行った華僑の資本をあてにして、呼び戻す作戦を
取りながら国家は太ってゆく。

一体グエンの悲劇はなんだったんだろうか?

国はいつも誰かの血を吸い取らないと次に行けない様に
運命付けられているのだろうか?


                                             Bohemian DeDe



Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 14:53 | trackbacks(0) | pookmark |
グエンの里帰り 4
 飛行機はヴェトナム、ホーティミン市を目指して飛び立った。

グエンは緊張しているのか口数が少ない。
jokeを言って笑わせようとするのだが、その笑いもぎこちないものだった。

だが、もう少しでホーティミンに到着するころ
グエンは紙袋を持ってトイレに向かった。

思いつめたような表情で戻ってきたグエンは
鮮やかなブルーのアオザイを着ていた。

DeDeの「キレイよ!」という言葉に
ちょっと、はにかんでいる彼女はニンフのように優しく、美しい。


グエンとの約束通り、ホーティミンcity(サイゴン)には寄らずにそのまま
電車でフエに向かった。

フエは日本で言えば、京都のようなところであろうか、世界遺産にも
登録されている美しい古都である。

DeDe達が訪れた2001年頃はベトナム戦争の傷跡もまだ
感じさせるような、復旧が進んでいない状態の姿であったが、
仏領インドシナ時代にも皇族の家々が立ち並んでいて、各国の
領事館もあったという風格あるたたずまいは見事なものであった。





グエンはサイゴンの出身で生まれたときからサイゴンに
住んでいたらしいが、ご先祖様はこのフエの出身だそうで
ある。

だから、この地は彼女にとって第二の故郷になるわけだ。

と言っても彼女はあくまで華僑の一族であるのだが、
一体どこら辺から、いつの時代に来た人たちまでを
華僑と呼ぶのかDeDeにはよく分からない。

グエンいわく、グエンも自分のことを勿論ヴェトナム人だと
思っている。 中国人だとは言わない。

中国語も教養程度には話せるが、家では誰も中国語を
話さなかったし、 学校教育はもちろんヴェトナム語だ。

グエンの一族はもしかしたらベトナム人に同化した
少なくとも、同化しようとして生きていた珍しい華僑の
子孫なのかもしれない。

その辺を詳しく聞きたくても、家族のことになると口数の少なく
なるグエンに聞きたくても聞けない雰囲気なのだ。

南北統一の後のヴェトナム政権は、徹底的に華僑を迫害して
まわった。

かってのヴェトナム社会では、宗主国フランス政府と結びついて
華僑はお金儲けをし、豊かでヴェトナム人をあしざまにして来た、
というのが理由らしい。

その華僑というカテゴリーは、何世代前にも渡って厳しく追及
されたらしい、というのはDeDeも聞いたことはあるが、
グエンの一家もそんな人々の一人だったのだろう。





フエの旧市街を”観光客として”ゆっくり見てまわったり、
新市街の市場を見てまわったり、
美味しいと評判のブンボーフエの料理に舌鼓をうったりして
ヴェトナム旅行は楽しい滑り出しをみせた。

フエの街を説明してくれるグエンの姿も
明るく、少しずつ変化を見せていた。

                               Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 23:03 | trackbacks(0) | pookmark |
グエンの里帰り 3
 カナダに移住してからは一度も外国に出たことのなかったグエンを
まずは日本に来ることにさせた。

DeDeがカナダで出会った、祖国を追われたほとんどの人たちが
まずはゼノフォビアに捕らわれる。

自分はどこにいても殺されるのではないかという深い恐怖だ。

グエンも移住してしばらくは、近所にしか出歩けなくてカナダの
他の都市に遊びにいけるようになったのは2年も経ってからのこと
だったといっていた。

日本に行ってみたい!
とずっと願っていたグエンは原宿のKidy landで嬉しそうに遊ぶ。

夜はDeDeの行きつけのヴェトナムレストランでownerの
リーさんに会わせて、グエンを少しリラックスさせようと考えた。



リーさんはベトナム戦争のさなか日本に留学していて、南北統一の後
祖国に帰ることが出来なくなって、そのまま日本で暮らすことになった
ベトナム難民である。

その誠実な人柄は多くの日本人から慕われて、今ではすっかり有名な
ヴェトナムレストランのOwnerになった。

もう既に何回か里帰りしている先輩であるリーさんは
不安な面持ちで里帰りするグエンに今のヴェトナムの現況を伝えて
安心するように話している。

あたたかいリーさんの話し方にすっかり安心したようなグエンだ。
やはり連れてきてよかった。


いよいよ明日、ヴェトナムに向けて旅立つ。


                        Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 16:56 | trackbacks(0) | pookmark |
グエンの里帰り 2
 何回もしつこく、しつこく誘った挙句、あるコンディションの下でなら
行ってもいい、と答えてきた。

あの優しいご主人が説得した賜物であることはよく分かっていた。

グエンはもちろんだが、ずっとヴェトナムに帰りたかったはずである。

どんな人間も、人生で一番大切で、いとおしくて、かけがえのない
子供時代を過ごした場所である。
楽しくて、素晴らしい思い出ばかりが詰まっているはずである。







グエンの提示してきたあるコンディションとは・・・

1、 決してサイゴンには寄らないこと(グエンの故郷である)

2、 グエンの過去を聞かないこと

3、 もし、グエンの身に何かあったら、すぐカナダの弁護士に連絡をして
  彼女の身の安全を図ることに全面協力すること

であった。

サイゴン(ホーティミン)に寄らないなんてありえない・・・

グエンの身に何かあるなんて、いまやベトナムは世界に散った
ヴェトナム人たちの資本を必死になって呼び戻そうと躍起になっていて
ドイモイ政策も地に足が着いてきた頃だったから
里帰りヴェトナム人をどんな理由であれ、拘束するなんて
考えられなかった。

だが、彼女はとにかく不安だった。
それでも行くことに同意したのは、やはり本当はヴェトナムに
故郷に帰りたかったからだろう。

ご主人は仕事で一緒に来れなかった事がグエンをますます
不安にしたが、予定通りの日程でヴェトナム行きは
決行されることになった。

2001年の冬の話である。

                          Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 23:09 | trackbacks(0) | pookmark |
グエンの里帰り
「 一緒にヴェトナムへ行こう!」
そう、グエンを誘ったのは今回で3回目である。

いつも答えはNo!であるのだが、
聡明で、美しく、気配りも半端ではないグエンの心にひかかる棘を
DeDeはあたたかく抜いてあげたかった。

そしてその時は必ずDeDeがそばにいよう!と心に決めていた。


グエンの深い、深い、深い傷もろくに知らないで。




グエンもカナダに勉強に行っていた時に知り合った一人である。
所謂ボートピープルでカナダに移住したベトナム華僑の一族だ。

知り合った頃は28歳の色白で背も高く鼻筋の整った顔立ちは
上品でとても人の目を引く美しい人だった。

その容姿とはかけ離れた明るくて、気取らない人柄に
DeDeはすっかり魅了されていたが、彼女のご主人がまた
公認会計士でチョット太めだがそこがご愛嬌の優しい方であった。

一人ぼっちで淋しがっていた当時のDeDeをよく自宅に招待
してくれて、グエンは美味しいヴェトナム料理をふるまってくれた。
おかげで今でもDeDeは大のヴェトナム料理好きである。


美しく、上品なグエンだが彼女の前では決して話題にしては
いけないことがあった。

それは統一後のヴェトナムを賛美すること。

当時、カナダにいた多くの政治的難民は皆、そうであったが、
うかつに彼らの祖国を褒めてはならなかった。
その政府が、前 か 後 かは慎重に言葉を選ばないと、
やり込められて、気まずい雰囲気が流れるだけである。

その時はまだ、一度もヴェトナムに行ったことがなかったので
リップサービスも含めて、是非一度ヴェトナムに行ってみたい!と
不用意にも漏らしてしまったのである。

すると、グエンの態度は急変し、
「あんな国へ行って何をするの?
あなたが見るものは全て政府によってショウアップされた偽物よ」

そのあまりの語気の激しさに、いつものグエンはどこかに行ってしまい、
別の人がそこに立っているかのようだった。

その日の帰り、ご主人が車で送ってくれながらDeDeに謝ってきた。
「彼女は今日のヴェトナムの話になると誰彼かまわず、あんな
調子になってしまう。許して欲しい。 辛い思いをしてきたんだよ」と


ご主人は子供のときにカナダに移住してきた、だから祖国を
あまり覚えていないという。
グエンは華僑の裕福な一家であったために、南北が統一された後、
酷い差別としうちを受けたらしい。

あまりよくは知らなかったが、あのグエンの変貌振りを見れば
どれだけの目に合わせられたかは、大体察しがつくというものだ。

ヴェトナムで学生だったグエンは、ずっと戦火の耐えなかった
サイゴンでそれでも幸せに暮らしていた。

あの日が来るまでは。

                                        Boehamian DeDe

Bohemian DeDe
| 世界心の旅 ヴェトナム編 | 11:09 | trackbacks(0) | pookmark |
| 1/1PAGES |