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Bohemian DeDe
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ボブ・マーリーを探して 8
 
Kenにラスタファリ運動のことを知りたいので誰か紹介してくれないか?
と頼んだら、あっさり、

「おれの兄貴がキングストンでは名の知れたラスタファリ運動家だから
 
 会いに行くかい?」と言われて、 なんだ最初から単刀直入に
言えばよかった・・・・と拍子抜けしてしまった。

連れて行ってくれたのは海岸沿いに建つ高級リゾートホテル。

Kenのお兄さんはこのホテルで働いていたのであった。

お会いするとなんとも真面目なジェントルマンで、うわついた
ドラッグを街でへらへらと売っているような男の兄とはとても
思えなかった。

その頃のジャマイカはカリブ海きっての観光地。
今では新しいリゾート地が次から次へと出来ているが、
多くのアメリカ人、カナダ人を惹きつけてやまない場所であった。

それでもまだ当時は国民的英雄はボブ・マーリーであり、
陸上で世界を制することになる面々はまだあらわれてはいなかった。

彼はDeDeのような者にもエチオピアに対するシェラシエ皇帝に
対する畏敬の念を隠さず語り、このジャマイカにも人々の心の誇りを
を喚起させたいのだと熱心に語ってくれた。


ホテルの広場には音楽を聞きに来た、肌の異様に白い人たちが
思い思いの水着に身を包み、開放的な顔でくつろいでいた。

そこにやおら、Kenのお兄さんは舞台に上がり、
「わが心のエチオピア、遠い祖国に思いをはせてここジャマイカで我々は
 生きている」なんてスピーチを始めていた。

植民地に連れてこられたアフリカ人は自らのアイデンティティーを
こうやって昇華させているのであろう。
志が高くなければ、こんな風にはとても生きられるものではない。

そのスピーチを聞いている肌の白い人たちは、べつに・・・という
しらけた顔であるが、Kenのお兄さんにはそんなことはどうでもいいのだろう。

自分たちの言語で自分たちに語りかけているのだから。


DeDeの初めてのカリブ海。

青い海と、男娼と、ジャングルの滝と誇り高い人々

ジャマイカは健全な国家であ〜る。


                 Bohemian DeDe


  
Bohemian DeDe
| 世界心の旅  ジャマイカ編 | 19:42 | trackbacks(0) | pookmark |
ボブ・マーリーを探して7
 KENはマーケットを見たいと言えば、朝の市場に連れて
行ってくれたり、
学校を見学したいといえば、自分の出身校に
連れて行ってくれたりした。

Jamaicaのアバウトさには驚くのだが、一介の外国人が、
学校をのぞくことなんて何の造作もないことなのだ。
事前に許可を取るでもなく、電話連絡しておくわけでもなく、
いきなり学校に行って、Hi ! と言ったらすぐ教室に
入れてくれて、勉強していたのに、DeDeを囲んでの
懇談会になってしまった。

先生も勿論、一緒に参加。

こうやって、皆可愛くて(小学校4年生くらいのクラス)
外国人に対する遠慮や、てらいや、怪訝な態度も何もなく、
こんな風に育っているのに、中学生くらいになると
自分の身体を売ることを覚えて、観光客相手に、
声をかけて歩く様になるのかと思うと、
やっぱりなんだか虚しい。

今はJamaicaも陸上選手を自分の国で育てて、
オリンピックに出すようにまでなっているが、1980年代は、
足の速いものは皆、アメリカに行って、
アメリカから出ていたと記憶する。

そういう国で、ボブ・マーリーは超ド級のスーパースターである。

キューバに行った時に思ったのだが、キューバは実にしたたかな国で、
ラテンの能天気さも手伝っているのかもしれないが、
ゲバラは今でもかの国のスーバースターであり、キューバは
しっかりそれで稼いでいる。

Tシャツから時計まで、ゲバラの印刷は巷にあふれ、とても統制経済
のもとでやっている行動とは思われない。
昔見たロシアとは大違いだ。
もっともそれが社会主義の現実ではあるのだが。

そんな中で、ボブ・マーリーは過去の人 にはまだなって
いなかったからりっぱなジャマイカの特産品であり、
多くの外国人観光客も
それを目当てに、レゲエの本場に足を踏み入れている
喜びを体いっぱいで現している。

ドレッドヘアを編む職人
氾濫するボブ・マーリーの印刷物
カセットを歌いながら売っている、何が本業なのかよくわからない
兄ちゃん達

スーパースターが1人いるだけで、その国は、観光事業的には
おおいに救われるのだな〜 と感慨深かった。

さて、そろそろラスタファリ運動のことを切り出してもいいかな?

KENはDeDeをどこに連れて行ってくれるだろうか?







               Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅  ジャマイカ編 | 18:17 | trackbacks(0) | pookmark |
ボブ・マーリーを探して6
 
kenはジャマイカの素晴らしい所を見せようと、
結構一生懸命で、

「ヌーディストビーチがあるから行ってみるか?」とか

「秘密のオアシスを知っているから行かないか?」とか

色々誘ってくる。

人のヌードを見ても面白くないが、そういうビーチを見たことがないので
(これはヌーディストビーチと銘うったビーチを見たことがないという
意味で、ビーチにいる人が裸 というだけなら、いくらでも見てきた)
行って見ることにした。

それはとある高級ホテルのプライベートビーチで
本当に全員、全裸である。

まあ、みごとに。

1人くらい、水着を着ていたってよさそうなもんではないかと
思ったが、そこではヌードでなければいけないようで、
水着を着たままであったDeDeは皆に白い目で見られてしまった。

よく見ると、”全員全裸のこと” という立て看板を発見。

昔、文化人類学の講義を聴きに行って、聞いた話

19世紀に西洋人がアフリカのある部族の村に入り、文化人に
させようと全裸で暮らしていた彼らに、裸体を隠すようにと、
布地を与えた所、上半身にその布をまとった。

西洋人は イヤ、下半身をこそまずは隠せ!と言ったら、
そんな恥ずかしいことは出来ないと、きっぱり断られた、
ということである。

水着を着ているほうが気恥ずかしい思いをするというなんとも
変な体験をしたが、そのプライベートビーチは
地元のジャマイカ人は入れない。

治安を保つためなんだろけど、あいも変わらず、感じワルイよね〜
Jamaicaとはそういう国であった。

十分に初体験を堪能した後、今度は秘密のオアシスに
連れて行くという。

それはどこかと思ったら、何とか、という滝で
たしかにオアシスのように、爽やかで、ディズニーランドのように
面白くて、DeDeは結構Enjoyしたのであった。



でも、何が、自分だけが知っている秘密のオアシスだ!
観光客だらけではないか。

DeDeは事前下調べなんぞ全くしないままにJamaicaの土を
踏んでしまったが、有名な観光名所であるらしい。

ここにはたくさんの男の子達が観光客の荷物持ちの
チップ目当てにひしめいていて(滝で遊んでいる間にカメラや貴重品を
濡れないように持っていてあげるサービス)
預けると言うよりは、ほぼひったくるように荷物を観光客から
取り上げている。

こういう需要と供給がある所には必ずビジネスというものは発生するもので、
まあ、それなりの小遣い稼ぎになるんだろうな〜と感心していたら、
それは、ほんの入り口であって、実はこの男の子達
(15〜16歳位だろうか)
男娼なのであった。

滝遊びから帰ってきた観光客にカメラや貴重品をきちんと返しながら、
「ぼくって、いいでしょ?  ねえ、今夜どう?」っと口々に
誘っているではないか!
あからさまに身体に触って来るつわものまでいる。

Kenは呆れたように、「あんなことをしたら,ばあちゃんに殺されるよ!」
とつぶやいていた。
ドラッグ売りは殺されないのか不思議であったが、
そういえば、Jamaicaはドラッグはたしか合法なのであったな〜



                      Bohemian DeDe
Bohemian DeDe
| 世界心の旅  ジャマイカ編 | 17:23 | trackbacks(0) | pookmark |
ボブ・マーリーを探して5
 Kenはハッシシ売りのお兄ちゃんにしてはジャマイカのことを
よく知っている。

生粋のジャマイカ人で、外国に行ったことはないという。
本当かウソかは知らないが、学校の成績はよくて
アメリカの大学にも入学許可は出たのだが、貧乏だから
行かれなかった、と言っていた。

だからと言って、特別に嘆いている風もない。
Jamaica No problem ! という言葉を知っているか?と聞かれた。

知らない!というと、なんでも思い通りにはならない人生を
逞しく乗り越えてゆくための魔法の言葉なのだそうだ。

そう、そんなことは問題ではないのだ。
人生において、そんな小さな事は問題ではないのだ!と自分に
言い聞かせながら次に進んでゆく、合言葉のようだ。


こんなことを考えることも失礼なような気もするが、
多くのカリブ海の人々は奴隷として連れてこられた者の
子孫だ。

祖国と言ったって、精神的つながりのあるわけもなく、
彼ら固有の言語ではない英語を詰め込まれ、
いわば、借り物のような土地に、借り物のような言葉を
使って生きている人々の精神とはいかなるものなのだろうか?

だからこそ、セラシエ皇帝を頂点とする元祖エチオピア
にルーツを見出そうとしているのではないのだろうか?

昔、イスラエル人と政治的な立ち位置について話し合った後に
ふと、祖国と言う言葉を思い出したことがある。


考えてみると、イスラエル人(ユダヤ人)にとって、現在の
イスラエルはこじつけてでも祖国と呼ぶ必要があったわけで、
3000年前にここに住んでいたから、これは俺の祖国だ!というしか
選択の余地がなかった・・・・。

日本人にはどちらのケースも血として、理解することは到底出来ない。


これといった産業のないジャマイカは美しい海に囲まれて、
早くからホスピタリティーを売り物にして、いち早く観光で生計を
たてることに成功した組である。

成功した・・・と言っても一般の民衆は貧しさを隠せない。

今でこそ、(やはり陸上の活躍を抜きには語れないと思うが)
Jamaicaはよく知られた、美しい観光立国だが、当時はまだ、
舗装された道路も幹線道路以外はあまりなく、
若者の失業率は25%近かった。





                      Bohemian DeDe







 
Bohemian DeDe
| 世界心の旅  ジャマイカ編 | 14:36 | trackbacks(0) | pookmark |
ボブ・マーリーを探して4

外国に赴くとDeDeは必ず市場に行くことにしている。

人々の息づかい、土地のにおい、笑い方、怒り方、ジェスチャー、
売ってるものに宿るその土地の人の考え方、
そういった全てのものに出会えるのが市場だ。

首都キングストンから少し離れた中堅どころのホテルに
荷を解いて、さっそく市場に出かけることにした。


数々のなまめかしい南国のフルーツ。
こんな暑さの中で、冷蔵庫も置いていない状態で売り、さばかれる
魚達の異臭。

Jamaica Heaven とかアイロニーたっぷりの言葉に埋めつく
されたTシャツを売る怪しいお兄ちゃんの集団。

DeDeとふっと目があった男前の二十歳前くらいの少年
それがKenだった。

すかさず寄って来て、「ねえ、ハッシシ要らない?」

「極上モノを持ってるから今は要らないよ。それよりいいガイドを知らないか?」
とDeDe

それならジャマイカ一のガイドがここにいる!と自分の胸をたたいてみせる。
名前はKenだと言う。

「Kenだと?本名はなんと言うのだ?」

というDeDeの質問には答えないで、友達の所に行って、
ボロボロのバイクとヘルメットを調達してきた。

「どこに行きたいの?  やっぱり海だよね、 いいポイントを知っているんだ!」

まさか、いきなり”ラスタファリ運動のことを聞きたいんだ”なんていっても
金にならない客だと思われて相手にしてくれないだろうから、
ここはとりあへず、ジャマイカに遊びに来た東洋の可愛い女の子
のふりをすることにした。





                            Bohemian    DeDe



Bohemian DeDe
| 世界心の旅  ジャマイカ編 | 14:07 | trackbacks(0) | pookmark |
ボブ・マーリーを探して 3
 
Air Jamaicaに乗り込むと、それはもう、もの凄くおしゃれした
女性の集団とそれに比してやけにカジュアルな男達が
乗っている

飛行機に乗っている女性の大半はカナダでお手伝いさんとして
働いている、か若しくは、もうイミグラントになっていて、里帰りを
する人達だろう。

大量のみやげ物を持って、精一杯のお洒落をして故郷に錦を飾る
みたいな、そんな心境で、ワクワクして心は早ジャマイカの土地に
あるのを隠せない。

DeDeもトロントでお友達になったジャマイカ人の女性がいた。

彼女もご多分に漏れず、カナダ人の家でお手伝いさんとして働いて
いたが、ジャマイカのキングストンに息子を1人置いて
出稼ぎに来ていた。

彼女達は少しでも親しくなると、必ず子供の写真を見せてくれる。
一体男達は何をしているのかと思うほどに、
女性達は子供を自分の母親や親戚に預けて、遠く、寒いカナダで
けなげに働いているのだ。

日本にいるとあまり感じない人種の出来上がってしまった固定階層
を嫌がうえでも知る所となる。

キングストンに到着。

タラップを降りると、そこは太陽の国Jamaicaだった。




Bohemian DeDe
| 世界心の旅  ジャマイカ編 | 22:40 | trackbacks(0) | pookmark |
ボブ・マーリーを探して 2
 今もきっとそうなんだろうと思うけど、
カナダには新しいチャレンジが満ち満ちていた。

新興国(今ではその言葉の意味がちょっと違ってきているけれど)
にはいろんな国から、いろんな人々が、様々形態で入り込んできていた。

ジャマイカ人はいっぱいいた。

男性は・・・・よくわからない。

女性はその多くがお手伝いさんとして、各家庭に入って
一生懸命働いていた。

当時は3年働くと仮の移民権がもらえて、更に2年働くと、
きちんと移民として認められるようなことになっていたと記憶する。


だからジャマイカと、カナダトロントには毎日フライトが飛んでいて、
ジャマイカに行くことは、まるで熱海に行くかのごとく、
とても簡単で、フツーのことであった。

日本からのカリブの国に行くことの心の壁とは
比ぶるべくもないことである。

そして、ある日 ついにDeDeもジャマイカに行く日が来た。





Bohemian DeDe
| 世界心の旅  ジャマイカ編 | 20:51 | trackbacks(0) | pookmark |
ボブ・マーリーを探して

 映画 「ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド」が公開される。

ただいまオリンピック開催中でボルト選手の活躍が今後期待されるが、
ジャマイカという国が日本で知られたのはやはり何と言っても
ボブ・マーリーの存在無しには語れないだろう。


DeDeがジャマイカに足を踏み入れたのは、1983年
ボブ・マーリーが亡くなって2年経った頃であった。

だからと言って特にレゲエに興味があったわけでもなく、
ボブ・マーリーの熱狂的なファンであったわけでもない。

ただ、当時「ラスタファリ運動」という存在を遅れて知り、
その象徴的な存在がボブ・マーリーだと知らされた。

その頃カナダに住んでいたので、ジャマイカは目と鼻の先。

日本では簡単に行く様な所ではなかったが、
カナダのトロントからはひょいと足を伸ばせばすぐ行ける、
そして、誰でも行ける様な、そんな場所であった。


Bohemian DeDe
| 世界心の旅  ジャマイカ編 | 21:44 | trackbacks(0) | pookmark |
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